税理士として開業する前、筆者がいちばん不安だったのは「ひとりで判断できるのか」と「孤独に耐えられるのか」でした。
ところが実際に開業してみると、不安だったことと、実際に困ったことはきれいに食い違いました。孤独はまったく困っていません。代わりに、想像していなかった方向から資金繰りが効いてきました。
この記事では、開業から半年が経った時点で筆者が実際に困ったこと5つを、追加融資の金額も含めて具体的に書きます。これから開業する方が「何にお金と時間を持っていかれるのか」を事前に把握できるように、きれいごとを抜いてまとめました。
税理士が開業して本当に困ったことは何ですか?

開業して実際に困ったのは、資金繰りと、顧問先のIT環境と、税務以外の雑務でした。事前に不安だった「孤独」と「ひとりで判断できるか」は、結果的にほとんど問題になっていません。
困りごとの中身が想像とずれた理由ははっきりしていて、勤務時代には他人が処理していた領域が、開業と同時に全部こちらに来るからです。税務判断そのものは勤務時代の延長線上にありますが、資金・営業・IT・雑務は初めて自分の担当になります。
困ったことの大半は、税務の知識不足ではなく、税務以外の領域から発生します。
開業前に対策できるものと、開業してからでないと分からないものが混ざっています。順番に見ていきます。
専門外の相談が来たらどうしていますか?
書籍を買って自分で調べたうえで、AIを使って論点を整理しています。そのうえで、専門外だと判断した案件は、報酬額にかかわらず相談の時点でお断りしています。
勤務時代に扱っていた業種・税目には偏りがあります。開業して顧問先を自分で獲得するようになると、その偏りの外側から相談が来ます。筆者の場合も、勤務時代に一度も触れていない論点の相談が早い段階でありました。
調べ方は地味です。該当分野の税務書籍を購入して読み、論点の切り分けと条文・通達の当たりをつける段階でClaudeなどのAIを併用します。AIの出力をそのまま結論にはしません。あくまで「どこを調べるべきか」の地図を作る用途です。
なお、購入した税務書籍をNotebookLMに取り込んでおくと、手元の書籍だけを対象にした自分専用の検索環境が作れます。これは開業後の調べ物の速度がはっきり変わった施策なので、具体的な運用方法はあらためて別記事にまとめる予定です。
ここで大事なのは3つ目です。ひとり税理士が全分野に対応する必要はありません。むしろ、対応できない分野を無理に引き受けることのほうがリスクです。
断る判断は、早ければ早いほどお互いのためになります
「せっかく来た相談だから」と抱え込むと、調べる時間だけが増えて、結局どこかで無理が出ます。
開業後、預金はどれくらい減りましたか?

筆者は開業時に創業融資で300万円を借り入れましたが、半年ほどで資金が心もとなくなり、2026年7月に追加で200万円を借り入れました。合計500万円です。当初の想定より出費が多く、資金は厚めに確保しておくことを強くおすすめします。
想定より重かったのは、税理士会の会費や税賠保険といった、売上に関係なく毎月・毎年発生する固定費です。金額そのものは事前に調べれば分かりますが、「売上ゼロの状態で、それが確実に出ていく」という体験は、事前の試算と実感がかなり違いました。
さらに、顧問契約が取れてもすぐに入金されるわけではありません。契約から初回入金までのタイムラグがあるので、売上が立ち始めてからも預金残高はしばらく減り続けます。
毎日のように預金残高を確認して、減っていく数字を眺める時間は、開業して一番きつい時間でした
開業資金は「これで足りるはず」の金額ではなく、「足りなかったときに次の手を打てる」状態で組んでおくべきです。
追加融資に動けたのは、開業当初に創業融資を利用していて金融機関との接点があったからでもあります。開業資金の内訳や、登録時にかかる費用の実額については、それぞれ別記事にまとめています。
「半年分の生活費があれば大丈夫」という感覚は、筆者の実感としてはかなり楽観的です。
単価を下げてでも顧問先を増やすべきですか?
おすすめしません。ひとり税理士が対応できる件数には上限があるため、開業初期に単価を下げて引き受けると、数年後にその枠が埋まったまま身動きが取れなくなります。
正直に書くと、預金が減り続けている時期には「安くてもいいから引き受けたい」という気持ちになりました。ネット上でも、開業初期はとにかく件数を取るべきだという意見は見かけます。売上ゼロの恐怖は本物なので、その誘惑は理解できます。
それでも受けなかった理由は単純で、安く受けた1件は、数年後に来るはずだった高単価1件の枠を先に潰してしまうからです。AIやクラウド会計を使い倒して対応件数を増やしているとはいえ、ひとりで見られる数には限界があります。
補足として、税理士が関与していなかった事業主の方から新規でご依頼をいただくと、過去の申告書に何らかの修正点が見つかることが多いという実感があります。筆者がこれまでに見た範囲では、ほぼ例外なく何かしらありました。悪質なものではなく、控除のもれや処理の誤りといった類のものが大半です。
結果として、顧問料に加えて更正の請求の対応が発生することがあります。更正の請求ができる期間は、原則として法定申告期限から5年以内です(出典:国税庁「No.2026 確定申告を間違えたとき」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2026.htm/2026年7月時点)。融資や補助金の相談につながることもあります。
もちろん、こうした業務を狙って探しにいくものではありません。ただ、1件をきちんと見ることで結果的に売上が積み上がる構造がある以上、件数を追いかけて単価を下げる必要はない、というのが半年やってみた実感です。
単価を下げて件数を取るより、1件を深く見るほうが、ひとり税理士の構造には合っています。
値決めそのものの話は長くなるので、料金表の作り方はあらためて別記事で扱います。では、単価を下げずに実際どうやって顧問先を獲得したのか。使ったチャネルと成果は顧問先ゼロから始める税理士の営業方法で公開しています。
顧問先とのデータのやり取りで困りませんか?

困ります。筆者は事務所内の保管・同期にDropbox、顧問先との受け渡しにGoogleドライブという使い分けをしていますが、これは顧問先側にある程度のIT対応力があって初めて機能します。
ツールの選定は自分の都合だけで決められません。どれだけ安全で効率的な仕組みを用意しても、顧問先が使えなければ結局メール添付や紙に戻ります。そして戻った瞬間に、容量制限・セキュリティ・版管理の問題が全部復活します。
ツールを決めるより先に、相手がそれを使えるかどうかを確認する必要があります
契約前にIT対応力を見極める手順
初回相談の時点で、現在どうやって資料をやり取りしているかを聞く
クラウドストレージの利用経験があるかを確認する
会計ソフトを自分で操作しているか、それとも紙を渡しているだけかを確認する
教育コストを見積もり、顧問料と釣り合うかを判断する
ここを飛ばして契約すると、開業初期の貴重な時間が操作説明に消えます。教育コストまで含めて考えると、IT対応力は顧問料の前段階にある相性の問題だと思っています。
顧問先のIT対応力は、契約後に何とかするものではなく、契約前に確認するものです。
事務所側のクラウド環境をどう組むかについては、ストレージ・パスワード管理・データ共有をまとめて別記事で解説しています。
「顧問先に合わせて紙で受け取る」という選択もありますが、その分の手間は顧問料に反映させるべきです。
税務以外の雑務にどれくらい時間を取られますか?
開業直後は、税務よりも雑務のほうが時間を食います。だからこそ、顧問先が少ない開業初期のうちに自動化の仕組みを組んでおくことが重要です。
筆者は開業から3か月ほどを、ホームページ作成・SNSとGoogleビジネスプロフィールの育成・雑務の自動化に集中して使いました。当時は売上が立っていない焦りもありましたが、いま振り返ると、この期間に仕組みを作れたことが一番効いています。
顧問先が増えてから仕組みを作ろうとしても、まとまった時間が取れません。暇な時期にしか、暇をなくすための仕組みは作れません。
開業初期の「売上が立たない時間」は、無駄な時間ではなく仕込みの時間です
事務所のホームページを自分で作る手順と総費用については、別記事でまとめています。
外注する余裕がない開業初期だからこそ、自分で作れるものは自分で作っておくと後が楽です。
ひとり税理士は孤独ではありませんか?
これは「困らなかったこと」として書きます。筆者は孤独をほとんど感じていません。それよりも、自由に働けることのほうが圧倒的に大きいと感じています。
何時に起きても、平日の昼間にジムに行っても、誰にも何も言われません。受験生時代からずっと夢見ていた生活が、実際にできています。開業前にいちばん不安だった項目が、開業後にいちばん満足している項目になりました。
開業前の不安ランキングと、開業後の困りごとランキングは、驚くほど一致しません。
もちろん、判断に迷ったときに相談できる相手がいたほうがいい場面はあります。ただ、それは孤独というより情報収集の問題で、書籍・AI・同業者とのつながりで十分に埋められる範囲でした。
あとは売上が付いてくれば言うことなし、というのが半年時点の正直な感想です
開業後のリアルな数字や失敗談は、体験談としてあらためてまとめています。
実際の売上・費用や、開業初期につまずいた点は税理士開業のリアル【売上・費用・失敗談】体験談まとめで公開しています。
開業前にやっておくべきことは何ですか?

半年やってみて、開業前に戻れるならやっておくべきだと思うことは3つあります。創業融資を使うこと、固定費を上げないこと、そして優良な顧客を厳選する覚悟を先に決めておくことです。
3つ目が特に重要です。単価を下げるかどうかの判断は、精神的に追い込まれた状態で迫られます。判断基準は、判断を迫られる前に作っておくものです。
売上が上がるまで我慢できるかどうかは、根性ではなく事前の資金設計で決まります
資金を厚くしておくことは、そのまま「安売りしなくて済む状態」を買うことでもあります。
税理士が開業して一番困ることは何ですか?
筆者の場合は資金繰りでした。売上がゼロの期間も税理士会の会費や税賠保険などの固定費は発生し続けるため、預金残高が減り続けます。開業前に不安視されがちな「孤独」や「ひとりで判断できるか」は、実際にはあまり問題になりませんでした。
開業資金はいくら用意すれば安心ですか?
金額は事務所の形態や生活費によって変わるため一概には言えませんが、筆者は開業時に創業融資で300万円を借り入れ、半年後にさらに200万円を追加で借り入れました。「これで足りるはず」の金額ではなく、足りなかったときに次の手を打てる状態にしておくことをおすすめします。
専門外の相談が来たらどうすればいいですか?
ひとり税理士が全分野に対応する必要はありません。守備範囲内であれば書籍とAIを使って論点を整理してから回答し、守備範囲外だと判断した場合は報酬額にかかわらず相談の時点でお断りするのが、結果的にお互いのためになります。
開業初期は単価を下げてでも顧問先を増やすべきですか?
おすすめしません。ひとり税理士が対応できる件数には上限があるため、安く引き受けた案件が枠を埋めてしまうと、あとから来る高単価の依頼を受けられなくなります。件数ではなく1件あたりの単価で売上を作る発想のほうが、ひとり税理士の構造には合っています。
ひとりで開業して業務は回りますか?
対応できる件数には限りがありますが、クラウド会計・クラウドストレージ・AIを組み合わせれば、ひとりでも十分に回せます。ただし仕組みは顧問先が少ない開業初期にしか作る時間がないため、売上が立たない時期に先に組んでおくことが重要です。
まとめ|税理士の開業で困ったことは、準備で減らせるものと減らせないものがある
税理士が開業して困ったことを5つ挙げましたが、性質は2種類に分かれます。
準備で減らせるのは、資金繰りと雑務です。創業融資を厚めに使い、固定費を抑え、顧問先が少ないうちに自動化の仕組みを組んでおけば、かなりの部分は事前に潰せます。
減らせないのは、専門外の相談が来ることと、顧問先のIT対応力にばらつきがあることです。これは事前に防げないので、「断る」「契約前に見極める」という判断のルールを先に決めておくしかありません。
そして、開業前にいちばん不安だった孤独は、実際にはまったく困りませんでした。何時に起きても誰にも何も言われない生活は、受験生時代からずっと望んでいたものです。
これから開業される方は、不安の中身を一度並べ替えてみてください。おそらく、本当に手を打つべきなのは資金の側です。
※本記事の記載内容は2026年7月時点の情報および筆者の実体験に基づくものです。制度・手続の詳細は必ず国税庁および所属税理士会の公表資料をご確認ください。