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勤務時代は健康保険も厚生年金も給与から天引きされ、保険料の半分は事務所が負担してくれていました。開業した瞬間、この仕組みは丸ごとなくなります。健康保険はどこに入るのか、年金はどうするのか、退職金の代わりは何で備えるのか——すべて自分で決めて、自分で手続きしなければなりません。
開業税理士の社会保険とは、勤務時代の健康保険・厚生年金から国民健康保険(または税理士国保)・国民年金へ切り替えたうえで、小規模企業共済やiDeCoなどの任意の上乗せ制度を自分で組み立てる仕組みのことです。この記事では、2026年に個人で開業した税理士である筆者が、実際にどれを選び、なぜそうしたのかを制度の説明とあわせてお伝えします。
なお、本記事の制度・金額の記述は日本年金機構・中小機構・国税庁などの公表資料に基づく2026年8月時点の内容です。保険料や掛金は年度ごとに改定されるため、手続きの際は各リンク先で最新の数値を確認してください。
開業すると社会保険はどう変わる?【勤務税理士→開業税理士の切り替え全体像】

結論からいうと、開業すると健康保険は「協会けんぽ等→国民健康保険(または税理士国保)」、年金は「厚生年金→国民年金のみ」に切り替わり、保険料は全額自己負担になります。あわせて、勤務時代にはあった傷病手当金や会社の退職金制度もなくなるため、その穴を任意の制度で埋めるかどうかを自分で決めることになります。
まず全体像を表で押さえておきましょう。
| 項目 | 勤務時代(会社員・勤務税理士) | 開業後(個人事業主) |
|---|---|---|
| 健康保険 | 協会けんぽ・健康保険組合 | 市町村国保 または 税理士国保(地域限定) |
| 年金 | 国民年金+厚生年金(2階建て) | 国民年金のみ(1階建て)+任意の上乗せ |
| 保険料の負担 | 労使折半(半分は事業所負担) | 全額自己負担 |
| 病気で休んだとき | 傷病手当金あり | 国保には原則なし |
| 退職金 | 事務所の制度による | なし(小規模企業共済等で自分で準備) |
開業前後で必要になる手続きは、大きく次の2つです。いずれも退職日の翌日から14日以内が原則の期限なので、開業準備の忙しさで後回しにしないよう注意してください。
国民年金の種別変更(第2号→第1号)
退職の翌日から14日以内に、住所地の市区町村窓口で「第1号被保険者」への種別変更を届け出ます。配偶者を扶養していた場合は配偶者の種別変更(第3号→第1号)も同時に必要です。
健康保険の加入手続き
市町村国保に入るなら市区町村窓口へ(原則14日以内)、任意継続を選ぶなら退職の翌日から20日以内に協会けんぽ等へ申請します。税理士国保が使える地域なら、税理士登録後に組合へ加入申請します。
出典:日本年金機構「就職・転職・退職」(2026年8月時点)
開業届や税理士登録の書類に気を取られて、国保と年金の届出を忘れる人が意外と多いんです。退職翌日から14日、と手帳に書いておいてください。
健康保険はどこに入る?市町村国保・税理士国保・任意継続の選び方

開業税理士の健康保険の選択肢は「市町村国保」「税理士国保(一部地域のみ)」「勤務時代の健康保険の任意継続」の3つで、多くの人にとって現実的なのは市町村国保です。税理士国保は関東信越と近畿にしか組合が存在せず、任意継続は最長2年で終わるため、まずは自分がどの選択肢を使えるかを確認するところから始まります。
市町村国保:前年所得で決まるので、開業初年度は軽くなりやすい
市町村国保の保険料は、世帯の前年所得と加入人数をもとに、市区町村ごとの料率で計算されます。ポイントは保険料の計算に使われるのが「前年の所得」だという点です。前年に所得がほとんどなければ、法定の軽減(所得に応じて7割・5割・2割の軽減)が適用され、開業初年度の保険料はかなり抑えられます。
筆者はこのパターンでした。税理士試験の合格前3年間はほぼ無所得で受験に専念していたため、開業した年の国保料は軽減が適用される水準でした。ただし、これは裏を返せば開業して所得が出た翌年から、国保料が一気に跳ね上がるということでもあります。この点は後述の資金計画のところで改めて触れます。
税理士国保とは?加入できるのは関東信越・近畿の会員のみ
税理士国保とは、税理士会の会員である税理士とその職員・家族を対象にした業種別の国民健康保険組合のことです。市町村国保が「地域」で加入する保険なのに対し、税理士国保は「職種」で加入する保険で、根拠法はどちらも国民健康保険法です。
ただし、税理士国保はどこにでもあるわけではありません。関東信越税理士国民健康保険組合の公表資料によると、税理士業務従事者を対象とする業種別国保組合は、同組合(埼玉・茨城・栃木・群馬・長野・新潟の6県)と近畿税理士国民健康保険組合の2つのみです。加入には、該当する税理士会の会員であることに加え、指定地区内に住所があることが求められます。筆者の地域には税理士国保がないため、そもそも選択肢に入りませんでした。
| 比較軸 | 市町村国保 | 税理士国保 |
|---|---|---|
| 加入できる人 | 誰でも(他の健康保険に入っていない人) | 関東信越会・近畿会の会員税理士+職員・家族(指定地区内に住所) |
| 保険料の決まり方 | 前年所得+加入人数(自治体ごとの料率) | 資格区分ごとの定額(所得に関係なし) |
| 向いている人 | 所得が低い時期/家族が多い世帯 | 所得が高い時期/単身・少人数の世帯 |
| 注意点 | 所得が増えると保険料も増える | 家族が多いと市町村国保より高くなる場合あり/税理士法人は原則加入不可 |
税理士国保が使える地域の方は、所得と家族構成で有利不利が逆転するため、両方を試算してから決めてください。
出典:関東信越税理士国民健康保険組合「組合概要」/近畿税理士国民健康保険組合「市町村国保との違い」(いずれも2026年8月時点)
任意継続:勤務時代の健康保険を最長2年続ける第三の選択肢
任意継続とは、退職前の健康保険(協会けんぽや健康保険組合)に、退職後も最長2年間そのまま加入し続ける制度です。退職日の翌日から20日以内の申請が必要で、保険料は事業所負担分がなくなるため全額自己負担になります。前年所得が高く市町村国保が高額になる人は、任意継続のほうが安くなるケースがあるため、退職前に必ず比較してください(筆者は前年所得がほぼなかったため該当しませんでした)。
出典:協会けんぽ「任意継続」(2026年8月時点)
筆者は「税理士国保がない地域」+「前年所得ほぼゼロ」だったので、迷う余地なく市町村国保でした。皆さんは前年所得と地域の2つで判断してください。
国民年金は払う?免除する?筆者が全額免除を申請した理由と上乗せの選択肢

開業直後で前年所得がほとんどない場合、国民年金保険料の免除申請は現実的な選択肢です。ただし免除は「払わなくてよくなる」制度ではなく、「あとから追納できる」制度として使うのが正しい理解だと考えています。筆者は開業年に前年所得がほぼなかったため申請により全額免除を受けており、iDeCoの掛金は停止して運用指図者として保有だけ続けています。
国民年金保険料はいくら?
国民年金保険料は令和8年度(2026年4月〜2027年3月)で月額17,920円です。前納や口座振替で割引があり、納付した保険料は全額が社会保険料控除の対象になります(経費ではなく所得控除です)。
出典:日本年金機構「国民年金保険料」/国税庁 タックスアンサーNo.1130 社会保険料控除(いずれも2026年8月時点)
免除・納付猶予の仕組みと、必ず知っておくべき3つのこと
免除・納付猶予は、本人・配偶者・世帯主の前年所得が一定以下の場合などに申請できる制度で、全額・4分の3・半額・4分の1の4段階の免除と、50歳未満向けの納付猶予があります。申請前に押さえておきたいのは次の3点です。
筆者が全額免除を選んだのは、単純に開業年の判定所得(前年所得)がほぼゼロで基準に該当したからです。免除期間も受給資格期間にはカウントされ、障害基礎年金・遺族基礎年金の要件にも算入されるため、「未納で放置する」のとは意味がまったく違います。一方で、免除のまま10年放置すると追納できなくなり、その分は年金額に半分しか反映されません。免除は「一時的に負担を止めて、所得が出たら追納を検討する」制度として使うものだと考えています。
出典:日本年金機構「国民年金保険料の免除制度・納付猶予制度」/同「国民年金保険料の追納制度」/iDeCo公式サイト「加入資格・掛金・受取方法等」(いずれも2026年8月時点)
上乗せ3択:付加年金・国民年金基金・iDeCo
国民年金だけでは老後の受給額は限られるため、開業税理士には「1階建て」を自分で厚くする選択肢が3つあります。いずれも掛金・保険料は所得控除の対象です。
| 制度 | 上乗せの仕組み | 掛金・保険料の目安(2026年8月時点) | 併用の可否 |
|---|---|---|---|
| 付加年金 | 国民年金保険料に月400円を上乗せ。将来「200円×納付月数」が年額に加算 | 月400円 | 国民年金基金とは併用不可 |
| 国民年金基金 | 終身年金型の上乗せ。掛金は加入時の年齢・型で確定 | 上限は月68,000円(iDeCoと合算) | 付加年金とは併用不可 |
| iDeCo | 自分で運用商品を選ぶ確定拠出型。掛金は全額所得控除 | 第1号被保険者は月68,000円(国民年金基金・付加保険料と合算) | 国民年金基金と枠を共有 |
※iDeCoの第1号被保険者の拠出限度額は、2026年12月施行の制度改正で月75,000円へ引き上げが予定されています(厚生労働省公表)。
筆者は勤務時代からiDeCoに加入していましたが、開業にあたって掛金を停止し、運用指図者として残高の運用だけを続けています。免除中は制度上拠出できませんし、初年度は手元資金を優先したかったからです。上乗せの検討は、保険料を納め始めてからで遅くないと考えています。
出典:日本年金機構「国民年金保険料」(付加保険料)/iDeCo公式サイト(いずれも2026年8月時点)
「免除=得」でも「免除=損」でもなく、追納の期限を把握して使うかどうか、だけの話です。10年後の自分に手紙を書くつもりで、免除期間はメモしておきましょう。
小規模企業共済は必要?月1,000円で始めて増やす筆者の使い方

小規模企業共済とは、個人事業主や小規模企業の役員が廃業・退職後の資金を積み立てる、中小機構が運営する「経営者のための退職金制度」です。掛金は全額が所得控除になり、開業税理士にとっては勤務時代の退職金の代わりとして最も使い勝手のよい制度だと筆者は考えています。筆者自身、開業後に月1,000円で加入し、課税所得が出るようになったら増額する方針で運用しています。
掛金・所得控除・加入資格の基本
税理士業はサービス業に区分され、個人事務所は従業員5人以下が要件になります。ひとりで開業した直後なら問題なく加入できます。
元本割れの条件は必ず理解してから入る
小規模企業共済で最も注意すべきなのは、任意解約の場合、掛金の納付月数が240か月(20年)未満だと元本割れするという点です。12か月未満の解約は掛け捨てになります。ただし廃業や老齢給付など「共済金」として受け取る事由に該当すれば話は別で、任意解約とは支給の計算が異なります。「やめる時の出口(廃業か任意解約か)を理解して入る」のが正しい向き合い方です。
もう一つ、掛金納付月数は500円を1口とした掛金区分ごとに数えるというルールも重要です。あとから増額した分は、増額した時点から月数がカウントされます。
筆者が「月1,000円」で始めた理由
筆者は開業後に月1,000円という最低額で加入しました。理由は2つあります。ひとつは、加入年数(掛金納付月数)を1か月でも早く積み始めたかったこと。もうひとつは、開業初年度は課税所得がほとんど出ない見込みだったので、所得控除の効果が薄い時期に手元資金を減らす必要がなかったことです。
税理士業は顧問報酬が収入の中心になるため、他業種に比べて年間の売上見込みが立てやすい仕事です。年の途中で「今年は課税所得が出そうだ」と見えた段階で掛金を増額し、控除の効果が出るように調整するつもりでいます。増額分は増額時点から月数を数えるルールがあるため増額は早いに越したことはありませんが、それでも「まず加入して時計を回し始める」ことに意味があると考えました。
出典:中小機構 共済サポートnavi「小規模企業共済の掛金」/同「加入資格」/同「解約手当金の額の算定方法」/国税庁 タックスアンサーNo.1135 小規模企業共済等掛金控除(いずれも2026年8月時点)
月1,000円なら缶コーヒー数本分。金額よりも「納付月数のカウントを始める」ことが目的です。増額はいつでもできますから。
開業初年度の資金計画に社会保険料をどう織り込む?【2年目に来る請求に備える】
結論は、「開業初年度の社会保険料は前年所得ベースで軽いが、2年目以降は所得に応じて一気に増える」ことを前提に、初年度のうちから翌年分の資金を確保しておくことです。筆者のように前年所得ほぼゼロで開業した場合、初年度の国保料・住民税はごく軽い一方、開業年に所得が出れば翌年の国保料と住民税は初年度とは桁違いの水準になり得ます。
開業資金そのものの内訳や実額は税理士開業資金はいくら必要?費用内訳と実額を公開で公開しています。社会保険料は開業時の初期費用ではなく「開業後にじわじわ効いてくるランニングコスト」なので、開業資金と切り離さず一緒に見ておくのがおすすめです。開業届・青色申告承認申請・インボイス登録といった税務側の手続きは税理士自身の開業届・青色申告・インボイス登録まとめにまとめています。
顧問先には「2年目の住民税と国保に気をつけて」と言い慣れているのに、自分のことになると忘れがち。自分を一番厳しい顧問先だと思って管理してます。
まとめ:開業税理士が最初に決める社会保険3点セット
開業税理士の社会保険は、①健康保険をどこにするか、②国民年金を納めるか免除するか(上乗せはどうするか)、③退職金の代わりに小規模企業共済へ入るか、の3点を決めれば骨格が固まります。筆者の場合は「市町村国保(税理士国保のない地域)」「国民年金は申請免除・iDeCoは運用指図者で保有継続」「小規模企業共済は月1,000円で加入し課税所得が出たら増額」という組み合わせでした。
将来的には、税理士業務以外の事業を法人化し、その法人で健康保険・厚生年金に加入するという選択肢を筆者も検討しています。法人(税理士法人を含む)は社会保険の強制適用事業所になるため、個人事業とは保険料の計算も給付もまったく別の世界になります。ただし有利不利は所得や家族構成で大きく変わり、個別の試算が必要な話なので、本記事では選択肢として存在することの紹介にとどめます。
開業までの手続き全体の流れは【完全ロードマップ】税理士開業の始め方で確認できます。社会保険は開業の「派手ではないが確実に来る」部分です。開業届と一緒に、この3点セットも今日決めてしまいましょう。
関連記事:税賠保険は入るべき?開業税理士が加入した補償内容と保険料【1型+事前特約の実額】
開業税理士は厚生年金に入れないのですか?
個人事業主として開業する場合、税理士本人は国民年金の第1号被保険者になり、厚生年金には加入しません。厚生年金に加入するのは、税理士法人などの法人を設立して役員・従業員として給与を受ける場合や、常時5人以上の従業員を雇う個人事務所の従業員が対象になる場合です(事業主本人は個人事業である限り厚生年金の対象外)。
税理士国保はどこの地域でも入れますか?
いいえ。関東信越税理士国民健康保険組合(埼玉・茨城・栃木・群馬・長野・新潟)と近畿税理士国民健康保険組合の2組合のみで、それぞれの税理士会の会員であることと指定地区内に住所があることが加入条件です(2026年8月時点)。それ以外の地域の開業税理士は市町村国保または任意継続を選ぶことになります。
小規模企業共済は開業してすぐ入れますか?
個人事業主の場合、開業届を提出して事業所得を得ている(確定申告をしている)ことが加入資格の前提です。窓口や中小機構のオンライン手続きで申し込めますが、開業直後で確定申告前の場合に必要な書類は、加入時に中小機構または委託機関に確認してください。
国民年金の保険料や小規模企業共済の掛金は経費になりますか?
どちらも事業の必要経費にはなりません。国民年金保険料は「社会保険料控除」、小規模企業共済の掛金は「小規模企業共済等掛金控除」として、それぞれ全額が所得控除の対象になります。控除の種類が違うだけで、いずれも所得税・住民税の計算上は所得から差し引かれます。
国民年金を免除している間、iDeCoは続けられますか?
申請免除・納付猶予を受けている期間は、iDeCoの掛金を新たに拠出することはできません。すでに加入している人は「運用指図者」として残高の運用だけを続ける形になり、免除をやめて保険料を納め始めれば、加入者として拠出を再開する手続きができます。